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入浴剤の開拓者にして長年多くの人に愛されてきたバスクリンの歴史

   

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「バスクリン」は入浴剤の開拓者で、長年多くの人々に愛用されている、入浴剤の老舗と言える大ヒット商品です。

バスクリンは戦前に発売され、戦後、日本の高度経済成長とともに大ヒットしていきます。

バスクリンは長い間、日本の入浴剤の中心を占めてきたと言えます。

具体的にはどのような歴史をたどってきたのでしょうか。

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ツムラの創業者・津村重舎

ツムラは、1893年津村重舎によって創業されました。

長い間、「津村順天堂」という社名でしたが、1988年に「ツムラ」に変更されています。

津村重舎は高等商業学校(現在の一橋大学)在学時に、婦人薬「中将湯」を発案しました。

20歳そこそこで18歳の奥さんとともに、日本橋通りに借家を見つけて開店し、中将湯の販売を開始します。

ある社員が製造過程で出る生薬の切れ端を家に持ち帰って風呂に入れて使ったところ、湿疹が治ったと言います。

それがきっかけで1897年、日本初の入浴剤となった「浴剤中将湯」を発売します。

これが「バスクリン」の前身となりました。

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バスクリンの発売

浴剤中将湯の発売当時は、内風呂を持つ家庭が少なかったため、主に銭湯向けの商品でした。

浴剤中将湯は効果が強すぎて汗が引かないという苦情もあり、そこで津村順天堂が生薬の量を減らし、清涼感のある成分や松葉の香りを加えて開発したのが、「バスクリン」でした。

バスクリンは1930年に発売となります。

発売当初の新聞広告では、ミロのビーナスのような半裸の女性がお風呂にバスクリンを入れている挿絵とともに、「御入浴と洗顔に まさに朝夕の好伴侶、今やオールレディー オールスターの賞讃を博す 地肌を整へて白粉のびを良くし、あせも 水虫 にきびによし、又蛍光を発生し気分を爽快ならしむ」という文言が入っています。

入浴剤としてだけではなく、洗顔用にも使われていたのが興味深いです。

料理店などでは、来客用のおしぼりに含ませても使われていたようです。

バスクリンの大ヒット

1941年アジア・太平洋戦争が起り、戦況が悪化していくと、バスクリンは生産中止に追い込まれていきます。

戦争が終わり、1950年より生産が再開されます。

再開当初は、ブリキ不足のため、ガラス瓶の容器で販売されました。

1960年「バスクリン ジャスミン」が発売され、容器はブリキ缶に戻りますが、1968年になると、上ぶたと底はブリキでそれ以外は紙の容器に変更されます。

日本が高度経済成長期に入っていくと、一般家庭に内風呂が普及していきます。

そうすると、バスクリンは生産が追い付かないほど爆発的なヒットを記録していきます。

60年代の新聞広告では「湯上りがとっても爽やかなバスクリン風呂 ご家庭で簡単につくれます」と、内風呂を意識した宣伝文句となっています。

1980年代前半の低迷とバブの登場

津村順天堂は1980年代に入ると低迷していきます。

売り上げの三割弱を占めるバスクリンが不振に陥りました。

成長を支えてきた内風呂の普及が一巡したこと、夏場にはシャワーで済ますなど内風呂離れが原因でした。

1983年には花王が炭酸ガスを出す入浴剤「バブ」を発売し、バスクリン一強体制が崩壊していきます。

バブは、炭酸ガスを皮膚に近づけると血流がよくなる効果を利用して、家庭用入浴剤として開発されました。

1986年になると、入浴剤シェアにおいてバブは33%と、バスクリンの32%を上回っています。

また鐘紡も有名温泉をイメージした「旅の宿」で市場に本格参入します。

1980年代後半の温泉ブームと復調

1980年代後半には温泉ブームが起こり、温泉名が入った入浴剤の売れ行きが伸びていきます。

津村順天堂は「日本の名湯シリーズ」を発売します。

同シリーズは全国の温泉8か所の色や香り、成分を分析し、商品化したものです。

冷え性や腰痛、肩こり、神経痛などに効くという効能が消費者の健康志向にマッチし、ヒットしていきます。

新聞広告の宣伝文句も「自然と健康を求める。」と、健康を意識したものとなっています。

名湯シリーズのなかでは、特に「蝦夷の湯 登別カルルス」、「加賀の湯 山代」がヒットしました。

両者は現在でも名湯シリーズのラインナップに入っている人気商品です。

1990年代バブル崩壊と会社の不祥事

初代社長津村重舎の後を受け、1976年孫の津村昭氏が二代目社長を務めます。

バブル期には社名をツムラに変更し、事業の多角化に乗り出し、次々と子会社を設立しました。

しかしバブル崩壊によって1990年代に入ると業績が悪化し、東京国税局から十億円の所得隠しを指摘され、粉飾決算疑惑など不祥事が続きました。

津村昭氏は、1995年6月社長を辞任し、10月には取締役からも退任しました。

1999年ツムラはパッケージや内容、デザインを一新し、イメージアップに務めました。

2000年代バスクリンの独立

ツムラは2006年にバスクリンほか家庭用品部門を、子会社のツムラライフサイエンスに移管し、漢方薬事業に専念していきます。

2008年にはツムラライフサイエンスはツムラグループから完全に独立し、社名も「バスクリン」に変更しています。

2010年にはアース製薬が、すべてのバスクリン株を180億円で買収し、バスクリンを子会社化しました。

アース製薬は、入浴剤国内シェア約15%の自社のバスロマンと約25%のバスクリンとを合わせ持つこととなり、3割弱の花王のバブを抜き、首位となります。

入浴剤のタイプと流行

入浴剤は温泉タイプと薬効タイプに分かれます。

温泉ブームはすっかり落ち着き、近年では薬効タイプが人気で、薬効タイプに強いバブが優勢と言えるでしょう。

全国のスーパーマーケット、コンビニエンスストアなどから収集した販売実績データある日経POSでは、2014年11月17日から23日の間、売れ筋トップは花王の「バブ ゆずの香り」で、第2位にも同社の「バブ 森の香り」となっています。

バスクリンの「バスクリン ゆずの香り」は第5位でした。

近年は薬効タイプの炭酸入浴剤がリードしていると言えるでしょう。

炭酸入浴剤は全身の血行促進効果を高めてくれます。

炭酸入浴剤を入れた場合、何もいれない場合と比べると、入浴剤投入後10分で約4倍、血流量が増加するとされています。

バブ エピュール

バブ エピュール ローズマリー & ユーカリの香り 400g 炭酸 入浴剤 [医薬部外品]

超微細炭酸とエプソムソルト発汗、代謝を高めてくれるのが、「バブ エピュール」シリーズです。

ローズマリー&ユーカリの香り、シダーウッド&マンダリンの香り、ジンジャー&シナモンの香りのものがあります。

HERSバスラボ

HERSバスラボ セレクトアソート 16錠入 [医薬部外品]

スキンケアタイプの炭酸ガスの薬用入浴剤を4つの香りが楽しめるパックが、白元アースの「HERSバスラボ」です。

リラックスできる洋風の香り、ゆったりなごむ和風の香り、ぽかぽかとくつろぐ果実の香り、ホッと落ち着くゆずと森の香りなど、たくさんのセレクトがあります。

日替わりでいろいろな香りのお風呂に入りたい方におすすめです。

炭酸入浴剤 きき湯ファインヒート

きき湯ファインヒート グレープフルーツの香り 400g 入浴剤 (医薬部外品)

バスクリンは、炭酸入浴剤として「きき湯ファインヒート」シリーズを発売しています。

同シリーズのスマートモデルでは、発汗、代謝促進を高めるトウガラシエキス、レモンエキス、塩が配合されています。

そのほか、グレープフルーツの香り、レモングラスの香り、カシス&シトラスの香りのものがあります。

まとめ

以上、バスクリンの歴史についてご紹介してきました。

バスクリンはもともと津村順天堂が開発したものであり、日本初の入浴剤となりました。

津村順天堂がツムラとなり、その後独立するなど、会社としては紆余曲折を経ています。

バスクリンは日本の入浴剤の市場を開拓してきた先駆者で、日本の経済の盛衰とともに浮き沈みしてきたと言えます。

これからの入浴剤の行方を占う意味でバスクリンの動向は見逃すことはできないでしょう。


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