スコットランドとウイスキー

ウイスキー

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スコットランドは世界中だれもが知っているスコッチウイスキーの国であり、モルトウイスキー発祥の聖地です。

豊かな良水がピートモスの原野を産み出しヘザーを育てました。

限りなく豊かな自然とスコットランド魂が出会いスコッチウイスキーが完成しました。

スコットランドの原風景はモルトウイスキーの故郷に息づいています。



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スコットランド人

アングロサクソン系のイングランドジンジンに対して、スコットランド人はケルト系の民族です。

言葉も習慣もかなり違います。

実際1603ねんまでスコットランドは独自の主権国家でした。

ジェームズ6世のイングランドとスコットランドの統合宣言があり、それはスコットランドの抵抗により百年もかかりましたがこの統合という名の征服が完遂しました。

ですが最後まで抵抗をやめなかったスコットランドの人々の思いは、独自の文化圏を作り未だに人々の間に脈々と息づいています。



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ウスケボー

スコットランド人の思いはウイスキー作りにもそれが凝縮しています。

ウイスキーは元々アイルランドで生まれスコットランドに伝わりました。

当時はウスケボーと呼ばれ、寒さをしのぎ、力をつけるための一種の強壮薬のようなものでした。

ピートモスの層が分厚いスコットランドの土壌では作物が作りにくく、ウイスキーが金になるということを知ったスコットランドの農民は、やがてウイスキー作りに性を出し始めました。

こうした情勢に敏感に反応し始めたのがイングランド政府でした。

1644年、酒税法を大幅に改正し、多額の税金をウイスキー製造者に課しました。

しかもそれはスコットランド人民がイングランドへの激しい抵抗をしていた真っ最中でした。

スコットランド人民は当然反発し、その現実的な方法がウイスキーの密造でした。

イングランド政府からの追及を逃れ、彼らは山奥へと散り散りに移り住みこの密造時代が180年にわたり続きました。

モルトウイスキーのルーツ

この密造時代に現在世界中にお手本とされるスコッチウイスキーのルーツであるモルトウイスキーの原形が完成しました。

イングランド政府の目を逃れ山奥へと移り住んだおかげでモルトウイスキーに必要な清水に巡り合い、ウイスキーの味に深く関わるヘザー(ヒース、和名はギョリュウモドキ)の存在を知ることになりました。

また、貯蔵を隠すために使用されたスペイン産のシェリー酒の樽がウイスキーの熟成に素晴らしい効果を発揮しました。

その時代正式に販売されていたウイスキーの味よりも、密造されていたウイスキーの味の方が遥かに優れておりよく売れていたといいます。

さらなる弾圧

1745年、ボニー・プリンスが起こした反乱が一層スコットランド弾圧に拍車をかけました。

キルトやタータンを着用することを禁止して、バグパイプの使用も禁止しました。

つまりスコットランド文化そのものを否定されました。

当時スコットランドを題材に詩を書き続けていたスコットランド民謡蛍の光の作詞家でもある詩人のロバート・バーンズは次のような詩を詠みました。

自由とウイスキーは共に手を取って進む!

いざ、乾杯!。

ロバート・バーンズの詩が心のよりどころになり、ウイスキーは抵抗の象徴になりました。

そのために密造は更に行われて行きました。

スコットランドの復活

1823年にようやく酒税法が改正され、スコットランド文化も復活しました、そしてウイスキー作りは現代につながります。

密造時代に完成されたウイスキーの製造方法は、その場所と共にそのまま今に継続されています。

イングランド政府への反抗心がウイスキーの製造方法が育てたわけではありますが、その製造方法にはスコットランドの自然も大きく影響していました。

ピート大地と豊富な麦の生産、きれいで豊富な水とヘザーに代表されるスコットランド独特の植物、そして地域ごとに異なる気候と自然がウイスキーの味の完成に深く関わっていました。

オークニー諸島

オークニー諸島、大小合わせて70からなる島々がある。

最大の島であるメインランドは、空の上から見ると薄い紙切れを海の上野に落としたように平坦に見えます。

この島では密造時代からウイスキー生産が盛んでした。

オークニー独特のピートが豊富にあったからです、スペイサイドやアイラのものとは異なる新しいピートでした。

それが昔からオークニー諸島独特のウイスキーの味を作りあげてきました。

スカイ島

ヘブリディス諸島最大の島がスカイ島です。

スカイとはゲール語で翼という意味で、島の形が翼を広げた鳥の姿に似ていることからそう呼ばれています。

このスカイ島唯一の醸造所であるタリスカーで作られるモルトウイスキーは、とても男性的でパワフルな個性が特徴なモルトウイスキーだと言われています。

イングランドへの反抗心がこのパワフルな爆発的な味を作りあげてきたのかもしれません。

というのもボニープリンスチャーリーの悲劇の逸話が根深く残っているからです。

カローデンムーアの戦いで敗れたボニープリンスが逃亡中、そのプリンスに救いの手を差し伸べたのがスカイ島の王女フローラ・マクドナルドでした。

プリンスはその後フランスに逃れるのですが、再開を誓って自分の髪の毛をフローラに渡したのです。

ですが、直後にフローラは幽閉されてしまい、ボニープリンスは戻ってくることは出来ず再開は永遠に叶わなかったそうです。

アイラ島

ヘブリディス諸島の最南端がアイラ島です。

東西20マイル、南北で25マイルの小さな島ですがこの島だけで8箇所もの蒸留所があります。

密造時代は更に沢山あったと思われます。

ピートが沢山あったことと、この島には当時ウイスキー生産以外に成立する産業がなかったことが沢山の蒸留所が残った理由でしょう。

アイラ島のウイスキーはその強烈な個性が特徴で、ウイスキーをよく知らない人でも一度味わっただけで他のモルトウイスキーとの違いを判別することが出来ます。

スペイサイド

スペイサイドとはスペイ川から下流を中心にリベット川やローゼス、キース、エルギン、ダフタウンの町まで含めた一帯を総称しています。

ウイスキー製造にとても大事な清水が豊富にあるため全スコットランドの蒸留所の約半数の50ほどの蒸留所が集中しています。

かつてはこの三倍以上もの蒸留所があったといいますが、それぞれが異なる個性を持ったモルトウイスキーを作ります。

その理由は単式蒸溜器であるポットスチルのデザインの違いだと言われています、それぞれの蒸留所で形が微妙に異なるようです。

ハイランド/ローランド

スコットランドを大きく二分してハイランドとローランドと呼ぶことがあります、東のダンディと西のグリーノックを結ぶ線がその境界線とされています。

山岳地帯が多いハイランドに対し、ローランドは丘陵地帯が多いです。

広い地域なので、それぞれの気候や環境により個性が生まれます。

ハイランドでもローランドのようなウイスキーを作る蒸留所もあり、ローランドでもハイランドのようなウイスキーを作る蒸留所があるので、地域で分けずに蒸留所ごとに知っていくことをおすすめします。

まとめ

スコットランドの飲み物の主流は日本と同じくビールです。

それはハイランドでもスペイサイドでも確かに同じでした。

しかしどこの地域でもやはりモルトウイスキーの国だけあって、ウイスキーの話を少しでもすると必ずと言っていいほど盛り上がります。

やはりフランスの魂がワインであるのと同じようにスコットランドの魂はウイスキーであり、いつの時代であっても自国の誇りを忘れることはないのです。

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