怠惰だった自分がマラソンシューズを買ったら人生が変わった
十年ほど昔、私は毎日とてもだらしない生活をしていました。
食べたいものを衝動的に腹いっぱい食べ、ビールをたらふく飲み、運動は全くせずにいつもテレビを見て過ごしていました。
気付かない内にどんどん体型が崩れていき、しまいには何もしていないのに息苦しさを感じるようにまでなりました。
どこかにしまってあった体重計を探し出してきて乗ってみると、身長170センチの私の体重は85キロを越えていました。
これまで一度も見たことがない数値にさすがに衝撃を受け、この時はじめてこのままではいけないと思いました。
どうしようかしばらく思案しましたが、結局毎日ランニングをすることに決めました。
近所のスーパーの地下にある靴売り場に行き、どこのメーカーかもわからないような安物のマラソンシューズを買ってきました。
最初は苦痛
初日。
買ったばかりのマラソンシューズをはいて近所を走り始めると、驚いたことに200メートルもしないうちに息が上がり、一歩も歩けないほど疲れ切ってしまいました。
仕方がないのでその日はそれで終わり。
その当時は午後六時には仕事が終わっていたので、翌日からも仕事が終わるとシューズをはいて夕方の街に飛び出しました。
何をやっても三日坊主だった自分なのでランニングが続くかどうかは自分でも不安だったのですが、翌日からは一日ごとに目に見えて走れる距離が伸びていくので、面倒くささよりも楽しさのほうが勝り、毎日走り続けることができました。
距離が伸びていくのと同時に走っている時間もどんどん長くなっていったので、走っている間に何かを聞こうと思い小型のウォークマンも新調しました。
走るときの服装はいつも着ていたジーンズなどの普段着で、自分にとって走るために本当に必要だった道具はマラソンシューズだけでした。
時々走り疲れて歩きになったときは普段着の男がウォークマンを聞きながら歩いているだけなので、自分が実はマラソン中だということは誰にも分からなかったと思います。
走っている人には走っている人がとりわけ目に入るらしく、トレーニングウェアを着込んでランニングをしている人はみな、普段着で走っている私を見ると目を丸くして注目していました。
だんだんと習慣に
毎日毎日走っていると同じ風景が飽きてくるので、その時の自分がちょうど走れる距離で行って帰ってこられるルートを地図でを調べて何種類かのコースを決めるようになりました。
毎日ほぼ同じ時間に走っているので、ウォークマンで聞いていたラジオ番組にもなじみが出てきて、それを聞くのも楽しくなってきました。
初日から二か月ほど経つ頃には往復で一時間くらいのコースを走るようになり、毎日「今日はこっちのコースで走ろう」などと、完全にランニングを楽しむようになっていきました。
雨が降ったり、仕事が遅くなって走れなかったり、時には理由もなく走らなかったりする時には、どことなく物足りないような空しい気持ちで一日が終わるような気がしました。
自然と節制になっていく
毎日走ることが当たり前になってくると、それまで何も考えずに食べたいものを食べていたことに自然と拒絶反応が出るようになりました。
走っている主な理由はダイエットのため。
そのために毎日努力しているのに、一方では暴飲暴食をするという行動は矛盾していて自然とできなくなりました。
その結果、毎日ただ走ることだけしか意識していなかったのにも関わらず、生活は勝手に節制されたものになっていきました。
無理をしてそうしているわけではなく、毎日走るということが生活の一部になったおかげで、その他のことも自然と変化していったのだと思います。
飛ぶように走れる
初めて走り始めた日から半年ほど経ったころ、私のランニングの能力はピークを迎えました。
その頃はその気になれば往復二時間を走ってもまだ余裕があるほどになっていましたが、走る時間はなるべく短くしたかったため速度を上げてあり余った体力を消費することにしました。
速く走るようになって初めて気がついたのですが、コースの最初から最後までのほぼ全ての区間で、体感的には全速力で走っているような状態を続けることができるようになっていました。
蹴り出す一歩ごとに体が空中に浮くような感覚があり、「びゅーん、びゅーん」というような音を立てて飛んでいくような感じ。
大げさに聞こえるかもしれませんが、本当に"足を使っているのに空を飛んでいるような感覚"がありました。
減量に成功
はじめはダイエットのために走り出したわけですが、すぐに走ること自体が面白くなっていったため、走り出してから一度も体重計には乗っていませんでした。
でもこの頃になって初めて体重計で量ってみたところ、針はびったりと60キロを指しました。
半年で25キロの減量に成功。
25キロといえば、10キロのお米の袋が2つと、さらに2リットルのペットボトルが2本くらい。
これだけの荷物を下ろして走っていたというわけです。
体が軽いわけだ、空も飛ぶわけだ、と心から納得しました。
これを爽快と言わずして何が爽快なのかと思うほど、毎日走ることに快感を感じていました。
向上心のシンボルに
新品で真っ白だったマラソンシューズも使い込まれていく内に少しずつ汚れていきましたが、買い換えようという気持ちは起こりませんでした。
メーカーも不明な安物のシューズでしたが、自分が"走る人"であることを証明できる形あるものは唯一このシューズだけでした。
毎日一緒に走っているうちに段々と愛着が湧いてきて、それ自体が代えの効かない特別な存在になっていったのだと思います。
玄関にこの汚れたシューズがあるだけで、自分には意味のあることでした。
走ること、つまり自分にとっての努力や向上心という上向きの気持ちが、一足のマラソンシューズに結合してしまったのかもしれません。
毎日仕事から帰ってきて玄関でシューズを見ると、すぐに走ることが意識されました。
思わぬ発見
このころ仕事上や生活上でうまくいかないことが起こると、少しゆっくりと走りながらとりとめもなく考えをめぐらせるようになりました。
そんなことを幾度となく繰り返しているうちに、自分が悩んでいることは何かもっと深いところに原因があり、すべてのことがその原因から起こっているような気がしてきました。
そして毎日ゆっくりとランニングしながら焦らず少しずつ考えを深めていると、突然ある考えに思い至りました。
それは、自分はやりたくもない仕事をしているのではないか、不本意な職場にいることに不満を感じているのではないかということです。
ランニングを始める以前の怠惰な生活は、実はそれが原因だったのかもしれないと思いました。
そう気がついた途端に、急に視界が開けるような明るい気分になりました。
転職
それまでの仕事は退社が早い代わりに朝がとても早く、体力的にも精神的にもかなりハードな仕事でした。
それでも同僚の間で協力的な人間関係があればまだ話も違ったのでしょうが、その時の職場は互いに足を引っ張り合い、成果を奪い合い、ミスを押し付けあうようなひどい状況でした。
私がそれまでやりがいも感じない仕事を劣悪な環境で続けてきた理由は、ただ転職が怖かったからだったことに気付きました。
自分に自信がなかった。
本当にやりたい仕事を追いかける勇気が持てなかった。
だから不満を不満とも感じないように見て見ぬふりをして、自堕落な生活をダラダラと続けてきたのでした。
でも25キロの減量に成功し、毎日飛ぶように走れるようになったその時の自分には、自然と自信が生まれてきたのかもしれません。
毎日走っているうちに今まで自分でも気がつかなかった現況とその原因に気がつくことができ、それからしばらくして転職を決意することができました。
はじめはただ単に痩せようと思ったから走り始めたのですが、気がついたら人生を大きく変えることになりました。
だからもし肥満に悩んでいる方、何かしら悩みがある方がいるなら、私には言えることがあります。
「近所のスーパーに行ってマラソンシューズを買ってくることをおすすめします」と。
まとめ
走るためには他に何もいりません。
ただマラソンシューズさえあればそれで十分です。
高価なウェアやシャツもいりません。
ジーンズとTシャツで走れます。
そして肥満を解消するためには、走ること以外には何も必要ありません。
筋トレや食事制限はまったく必要ありません。
ただ毎日ひたすら走ること。
ただそれだけで絶対に痩せることができます。
そして体が痩せていく頃には、不思議と心のほうにも思わぬ変化が起こるはずです。
それはきっと今まで心の中で準備していたことが、走ることをきっかけにして自然と表に現われてくるものなのかもしれません。