ウイスキーの原料、大麦の話し
ブランデー、ウォッカ、テキーラ、焼酎など世界には沢山の蒸留酒がありますが、ウイスキーは大麦を原料としたモルトウイスキーが本来のもので、モルトウイスキーを作るためには大麦麦芽、つまりモルトが必要です。
モルトは大麦を少しだけ発芽させたものになります。
今回はその理由やそのメカニズム、大麦の種類などの話しをします。
大麦
ウイスキー好きなら誰もが一度は飲んでみることをおすすめするモルトウイスキーですが、モルトウイスキーの原料となる大麦は世界最古の穀物の一つといわれております。
約1万年前から西アジア~中央アジアにかけて広く栽培されていました。
古代エジプトの王であり、ピラミッドから墓が見つかったことで有名なツタンカーメン王の棺からも副葬品としておさめられた大麦が発見されています。
当時から大麦を原料にしてパンやアルコール飲料が作られていました。
大麦はイネ科の植物で、実の集まりである穂の形の違いで二条種、四条種、六条種に分かれています。
この沢山の種類のうちビールやウイスキーなど醸造用に用いられる種類は二条種です。
大麦は花穂が両側3列の矢羽状になっていますが、このうちそれぞれの中央の穂だけが結実するのが二条種大麦の特徴です。
両側3列のすべてが結実するのが六条種で、古くからある品種が多いのですが、二条種のほうが粒の大きさが格段と大きく別名で大粒大麦と呼ばれることもあり、それに対して六条種は小粒大麦と呼ばれることがあります。
二条種がウイスキーやビールの原料になりますが、六条種は食用として利用されています。
大麦の種子は他の植物の種子よりもデンプンを多く含みますが、なかでも二条種の大麦は特にデンプンの含有量が多いです。
酒造のための適性
種皮とアリューロン層で包まれている種子の中身は、幼芽や幼根がある胚の部分と栄養分が貯蔵されている胚乳とに分けられており、その間を仕切っている部分は胚盤と呼ばれています。
胚乳に含まれている栄養分のうち85パーセントがデンプンで10パーセントがたんぱく質になります。
二条種大麦にも沢山の品種がありますが、ビールやウイスキーなどに利用されている酒造好適大麦の適性としては、デンプンを多く含むと共にデンプンを分解する酵素の量や活性率も大事で、日本酒に利用されている酒造好適米の適性と同じくたんぱく質を多く含みすぎないことが求められます。
デンプン
この大麦の中のデンプンが元になって微生物たちの働きによりアルコールが生まれるのですが、デンプンはグルコース(世間一般ではブドウ糖と呼ばれています)が数千個も結合した高分子の糖類なので酵母は直接デンプンを菌体に取り込むことが出来ません。
デンプンを分解して単糖類のグルコースやそれが二つ結合した二糖類のマルトースにすれば、酵母はそれらを分解してアルコールにすることが出来ます。
しかし残念ながらデンプンそのものを直接分解することができないので、そのままの大麦を使用することはできません。
デンプン分解酵素
ところが、大麦の種子は好都合なことに発芽する際に自分でデンプンを分解する酵素をだすことが出来ます。
大麦の種子はデンプンをエネルギーに変えて幼根や幼芽を発生させなくてはなりませんが、グルコースやマルトースを直接分解してエネルギーにすることはできたとしても、酵母と同じく高分子のデンプンそのものを直接エネルギーに変えて利用することはできません。
そこで、大麦の種子にはデンプンそのものをエネルギー源として利用するためにこの結合を切断して小さい分子に分解するためのデンプン分解酵素と呼ばれている酵素が備わっていました。
種子の休眠
大麦は発芽の際にはまず、このデンプン分解酵素を作り始めます、人間はこれを酵母のアルコール発酵に利用していました。
通常収穫された大麦の種子は出番がくるまで貯蔵されています、しかしその間に種子が芽や根を出すためにデンプンを消費してしまっては使い物にならなくなってしまうので、種子の水分を12パーセント以下になるまで乾燥させて貯蔵されます。
乾燥させることによって種子が休眠状態に入り、一度休眠に入った大麦の種子は1年以上も品質を損なうことなく貯蔵することが可能になります。
発芽
必要になった大麦の種子を乾燥による休眠状態から目覚めさせるためには、種子の重さの30パーセントくらいの水を吸収させます。
そのために種子をまず温水に浸した後、乾燥しないくらいで適量の空気を送風します。
これは種子が呼吸するための酸素を供給するためで簡単なように聞こえるかも知れませんが、大量の種子に同じように水分を与えて一斉に発芽を始めさせるのには絶妙なコントロールが必要で、大変難しい作業です。
大量の種子を一斉に同じタイミングで発芽させなくては原料としては不安定になってしまいます。
大麦麦芽
大麦のデンプン分解酵素を利用しようと考えた人類は、この種子を目覚めさせる段階で、あえて少し幼根や幼芽を出させて種子中に酵素を作らせてデンプンを分解させることにしました。
そして、少しだけ発芽させた状態で乾燥させました。
これが大麦麦芽、つまりモルトです。
細胞壁分解酵素
ウイスキーを作る際にはなるべく栄養分とデンプン分解酵素の両方を多く含んでいる状態で種子の麦芽を止めます、そのタイミングを計るために麦芽を管理している人々は指の間に挟んでこすって、充分に柔らかくなっているかどうかを判断します。
種子の中ではデンプンは粒として胚乳に存在していて、胚乳の外側を細胞壁が覆っています。
種子の細胞壁は意外としっかりした作りになっているために分解しづらく、そのままだとデンプンを分解する酵素を働かせることができません。
そのために大麦の種子は細胞壁を分解する酵素も備わっています。
これによってデンプン粒の細胞壁を分解してデンプンを分解しやすいようになっています。
野生の種
野生の大麦はすべて六条種だと言われており、モルトウイスキーやビールに利用される種である二条大麦は突然変異と言われています。
花穂のすべてが元々実が付くのが野生種なので、六条種は野生種の大麦に近い種類だと思われます。
野生の大麦は背が高く病気にも強く、乾燥や低温に強いのでヨーロッパの気候に合っていた種類の麦でした。
基本的に大麦を含めた麦はアントシアニンなどのポリフェノールを豊富に含んでいるので、時間が経つと変色してしまい茶褐色になってしまいます。
ですが、最近はこの色素成分をほとんど持たない品種も開発されており日本では麦飯用に利用されています。
野性の麦の仲間にはイヌムギ、クサムギ、カラス麦などがありますが、イヌムギの耐病性遺伝子や、クサムギの短幹遺伝子などの野生種の遺伝子による形質を栽培種に取り入れることができれば、日本の麦栽培も増え、ウイスキーを作る所も増えるのではないでしょうか?
むしろ逆に何もせず野生種を利用してウイスキーを作るのもおもしろいかもしれません。
アメリカの小麦には倒伏耐性がある超矮性小麦が開発されたようですが、こういった野生種の形質を取り入れたとしたら大麦は更に扱い安い品種が増えると思います。
まとめ
大麦には沢山の種類があり、それぞれモチ性と醸造用に分かれています。
そこからまた様々な品種があるので大変多くあります。
そしてウイスキーの原料として必要になるのは発芽させた大麦で、大麦麦芽はデンプンそのものを分解できないので、デンプン分解酵素によりデンプンを糖に分解させます。
そのコントロール技術は場所によって異なるのでそれも味の個性を生み出しているのかもしれません。