ウイスキー醸造工程における発酵の化学

ウイスキー

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蒸留酒であるウイスキーは、麦芽から作った甘い糖液を酵母や乳酸菌の働きでアルコールをはじめ多様な成分を含む発酵モロミに変化させます。

ウイスキーの場合は仕込みと発酵を終わらせたあとも、更に多くの工程と時間をかけなければ製品として販売できません。

しかし、遥かに時間を経た後に完成するウイスキーのことを考えながら製造者たちは様々な工夫をこらしているのです。



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麦汁

発芽を始めた大麦麦芽は適切なタイミングで乾燥され、サイロで丁寧に保管管理されます。

これを取り出して粉砕し、透明で甘い麦のジュースに仕立てる工程を、仕込みと呼びます。

この甘さは大麦種子の中のデンプン分解酵素がデンプンを分解することによって糖を生み出しているからです。

ちなみに人間も、デンプン分解酵素を持っています、お米をしっかり噛んでいると甘くなるのは、唾液中のデンプン分解酵素がデンプンを糖に分解しているからです。



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デンプンの糖化

仕込みの工程では、次の発酵工程で酵母が麦芽由来のデンプンを利用できるように、まず、麦芽のデンプンを分解酵素によってデンプンをマルトースやグルコースに買える作業を行います。

最初に麦芽を粗く粉砕して4倍量の温水に投入します。

これを60~65℃に保つと、デンプンがデンプン分解酵素の働きで切断されて主に二糖類のマルトースが作られることになります。

さらに十分に酵素を働かせるために約75℃の温水を加えて同じ操作を繰り返します。

ただし、あまりにも温度を上げすぎると酵素が活性を失いうまく働かなくなってしまうので注意が必要です。

これらの作業は糖化と呼ばれます、この麦汁の中にはマルトースを主成分とする糖分が約14パーセント含まれています。

デンプン以外の成分

大麦麦芽にはタンパク質が豊富に含まれていて、これも麦芽由来のタンパク質分解酵素によってアミノ酸やアミノ酸が数個つながったペプチドに変換されて、麦汁に溶けだしていきます。

また麦汁にはビタミン類やミネラルも豊富に含まれています。

これらは酵母が発酵工程で利用するために必要な成分で、麦汁はとても栄養分が豊富であることが分かります。

ビールとの違い

麦芽を糖化する点だけみれば、ビールの仕込みも同様です。

しかしビールの場合は糖化工程の終わりにツル性の植物であるホップの毬花と呼ばれる部分を加えて煮沸します。

苦味と独特の香りがあると同時に抗菌作用があります、しかもその際100度近くで煮沸するのでビールの麦汁はほとんど無菌状態になります。

これに比べるとウイスキーは糖化の工程温度である75度以上に温度を上げることはありません。

殺菌のために麦汁を煮沸することもなく、ホップを添加することもないので麦芽由来の微生物や酵素が生き残るので、常に作用しあってウイスキーの個性を生み出しています。

麦芽の粉砕

麦芽には糖化できない殻皮の部分があります、しかしこれは麦汁を濾過する濾材として非常に有益で役立っています。

粉砕された麦芽はグリストとよばれますが、グリストがあまりにも細かくなりすぎると濾過がうまくいかなくなります。

例え濾過出来たとしても濾過後の麦汁が濁りすぎていると濁り成分が発酵を邪魔して、そのあとの発酵工程で良い品質のモロミがえられません。

しかしやはり粉砕が粗すぎても糖類の溶出量が激減してしまいます。

通常はグリストを振るいにかけたときの重量比が、フラワーと呼ばれる細かい粉の部分が約10パーセント、中間のグリッツと呼ばれる部分が70パーセント、粗くハスクと呼ばれる部分が約20パーセントになる程度の粉砕が良いとされております。

発酵

糖化を終えて約13パーセントの糖分を含む麦汁を得たら、いよいよ次は発酵工程に入ります。

麦汁に酵母を添加すると、酵母はマルトースを栄養源として利用した結果、エタノール(エチルアルコール)を生成しむす。

これを発酵とよび、発酵終了時点では7~8パーセントのエタノール分を含むパーセントにモロミが得られることになります。

理論的にはもう少し多くのエタノール分を得られてもいいのですが、糖分の一部は酵母の増殖に使われて、また乳酸菌にも利用されるのでこのエタノール分濃度になります。

酵母

酵母とは、メソポタミア時代劇からパン、ビール、ワインづくりで人々の役に立ってきた微生物です。

自然界では花の蕾などにいて、花の蜜などを食べています。

生物には遺伝子情報を細胞内の核に格納している真核生物と、核をもたずに遺伝子情報だけが細胞内に存在している原核生物がいますが、酵母はわれわれと同じく真核生物です。

一方でバクテリアや細菌などと呼ばれている微生物の1群が、原核生物です。

ウイスキー醸造で酵母の次による利用される乳酸菌は細菌の一種なので原核生物です。

つまり乳酸菌よりも酵母のほうが人類に近い生き物ということになります。

アルコール発酵では通常サッカロマイセス・セレビシエと呼ばれる種類の酵母を利用しています。

ビール醸造での発酵温度は通常約10度ですが、ウイスキー醸造では酵母の増殖至適温度付近20~35度です。

乳酸菌

酵母の発酵工程が終わりに近づくと、酵母と入れ違いに活躍し始めるのが乳酸菌です。

植物性乳酸菌であるラクトバチルス属の乳酸菌が主に活躍します。

一般的に乳酸菌とは糖の50パーセント以上を乳酸に変える微生物のことをそう呼び、全く遺伝的関係がない種類同士でもひとくくりに乳酸菌とよばれます。

例えば植物性乳酸菌はラクトバチルス属、動物性乳酸菌はラクトコッカス属などになります。

これらは昔からチーズ作りや漬物作りなどに利用されてきました。

それから人の皮膚上に常に存在している表皮常在菌にも乳酸菌がいます。

さらに腸内の微生物の中でも善玉菌として働いています。

腸内に雑菌を増やさないためにも定期的な乳酸菌の接種をおすすめします。

乳酸菌は発酵モロミ中においては、酵母が利用できなかった糖質を栄養分として乳酸を生成します。

香り成分であるエステルや揮発性のフェノール成分が増加していくのも乳酸菌の働きによります。

特に芳香成分として知られている環状エステルのラクトン類が生成されるのは、酵母と、乳酸菌の共同作業であることが明らかにされています。

ワインにおいては酵母の発酵が終わりに近づくと、酵母が分解できない上に強烈な酸味を持つリンゴ酸を、乳酸菌が分解してまろやかな酸味をもつ乳酸に変化させることが知られていて、これをマロラクティック発酵と呼びます。

微生物を大別すると糖質系天然物を好む集団とタンパク質系天然物を好む集団とにわかれますが、酵母も乳酸菌も糖質系を好み、しかもほかの多くの菌が苦手とする酸性の環境を好むので、乳酸菌が活躍して乳酸が生成され、発酵液の水素イオン濃度が上昇してPHが低下すると、液体が酸性に傾き他の雑菌はさらに侵入できなくなります。

まずラクトバチルス・ファーメンタムという乳酸菌が活躍しはじめ、後半になると乳酸飲料にも利用されることで有名なラクトバチルス・カゼイが現れ交代します。

こうして生まれたアルコールと芳香成分が、水上置換法を応用した蒸留方法によって集められ、ウイスキーとなります。

まとめ

ワインにおいては糖が元々備わった果汁が原料のため、そのまま醸造しても問題がありませんが、日本酒の場合はコウジカビによって米のデンプンを糖化し利用します。

ウイスキー醸造にも、大麦は糖を含まないのでまず大麦を発芽させることにより発芽酵素としてのデンプン分解酵素を利用し糖を得ます、つまりモルトを作り糖分を生成してから発酵させることになります。

発酵は様々な微生物たちと人間の知恵が伴ってうまく進むのです。

ウイスキー